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2007年8月20日更新

光長寺(こうちょうじ)

光長寺

光長寺は法華宗大本山で、700年以上の歴史をもつと伝えられている。寺の創建についてははっきりしないが、旧記によれば、もとは天台宗の寺院であったものが、文永年間(1264〜1275)空存の代に、日蓮上人の高弟日法上人の布教により改宗したと伝えられている。空存は日蓮の門弟となり日春の名を授けられ、寺を徳永山光長寺と改称したと伝えられている。そのため寺は日蓮を開祖とし、日春・日法が同時二祖となった。時に建治2年(1276)であった。

本堂は延慶4年(1311)日春の時に建立され、その後いくたびかの修理を経て大伽藍となったが、慶長年間(1596〜1615)に火災にあい堂宇は焼失してしまった。その後、江戸時代を通して再建が続けられたが、明治23年に再び火災にあい、山門と本堂を残したのみで、他のほとんどが焼失してしまった。この本堂は茅葺・入母屋造り、柱はすべて棒丸柱で一部の柱には漆が塗られ、天井の一部は格天井で彩色が施されていた。外観の素朴さの中に荘重さがみられ、桃山様式の影響を受けたもので、木造建築としては市内最古の建造物の一つだったが、昭和38年に解体され、昭和40年に現在の鉄筋コンクリート造りの本堂となった。

山門(仁王門)は正保2年(1645)の建立と伝えられ、木造・切妻造り・瓦葺の平屋建てで、貴重な古建築である。建立以来何回か改修が行われているが、近年解体修理と大改造が行われた。門内両脇にはニ王像が安置されているが、解体修理の際に頭部内面より銘文が発見され、慶安5年(1652)の作であることが確認された。江戸時代の金剛力士像の基準作として注目され、市の有形文化財に指定されている。

山門から本堂への参道には、辻之坊、南之坊、東之坊、西之坊、山本坊の5つの塔頭(たっちゅう)が並び、大本山にふさわしいたたずまいを見ることができる。
なお、光長寺は「ぬまづの宝100選」に選ばれている。

光長寺には、長い歴史の中で多数の文化財が所蔵され、寺宝の多くは火災で失われてしまったが、今なお貴重な文化財を所蔵している。日蓮が28枚の紙を継いで柳の枝で書いたといわれる「二十八紙大曼荼羅」、麻紙に法華経を色糸数種で繍いあらわした「紙本五色繍字法華経」、仏法の貴さを説いた説話集である「宝物集」などが知られている。

特に宝物集は、民衆を仏教の道に導くため例話をあげて仏法の貴さを説いた説話集で、平康頼の作と伝えられている。この宝物集は日蓮により説教や法談によく用いられたため、日蓮宗内でも積極的に写本がつくられ、光長寺に伝わるものは弘安10年(1287)日春が写したものと巻末奥書に記されており、平成6年6月に国の重要文化財に指定された。

また、平成6年3月に県の文化財に指定された「法門聴聞集」は、日蓮の直弟子である日法が、日蓮の側近くで宗義の研鑚に努めている間に、日蓮の教えや講義を書き留めた文書(=聞書・・・・現在のノート)で、日法の真蹟と考えられている。
これらを収めてある宝物庫「光長寺御宝蔵」は大正15年に起工し翌年完成、昭和4年に宝物収納法要を行った市内最古の鉄筋コンクリート建造物の一つで、意匠、機能、記録の観点から価値が高く、国の有形文化財に登録されている。
なお、境内には、曼荼羅石の伝説をもった石が安置されている。

光長寺山門(仁王門)

御宝蔵

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