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マグロ建切網漁

2021年7月2日更新

「沼津内浦のマグロ漁」解説映像  4分5秒

内浦湾の岸近くでは、山が海に迫って海底が急に深くなるので、大きな魚でも岸に近寄りやすいことから、かつては駿河湾(するがわん)に入ってきたマグロ・カツオなどの大きな回遊魚(かいゆうぎょ)の群れが、春から初冬にかけて、潮(しお)の流れに乗って岸に近づいてきました。

さらに、内浦湾の海岸線は岩場で入り組んでいるので、その海岸線を利用して、魚の群れを次第に囲い込む建切網漁(たちきりあみりょう)と呼ばれた漁業が、この地域で盛んに行われてきました。

建切網漁を行うには、まず、魚の群れが入江(いりえ)に近づくと、その入江の入口に大きな網目の網を張り回して、魚の群れの進路をさえぎります。次に、その内側に網を順番に張り回して、浜に魚が近づいたところで、最後に魚をシビカギで引っ掛けて浜へ揚げて捕ります。

建切網漁の漁場では、根と呼ばれる海底の岩礁(がんしょう)が多く、網を長くひこうとしても網の下側が根に引っ掛かってしまうため、袋網(ふくろあみ)のついた網を張り回してそのまま浜までひくといった普通の方法で魚を捕ることができません。したがって、帯のような形をした網を何種類も使い、長くひかずに何重にも張り回すことによって、魚の群れを囲う範囲を次第に浜へ向かってせまくしていきます。これが、建切網漁の特徴です。

さらに、回遊してくる魚の群れを早く発見して、すぐに網を張り回すことが重要なので、大きな回遊魚の群れが来る時期には、大峯(おおみね)と呼ばれた見晴らしの良い魚見(うおみ)で海を見張っていました。大峯で魚の群れを発見すると、ローフーと呼ばれた大きな竹製のメガホンなどを使い、浜で待機している漁師たちに知らせて、網の張り回し方を指示しました。

この地域の建切網漁の歴史は、すでに戦国時代には始まっており、江戸時代から明治時代初めまでは盛んに行われていて、この地域の主な産業として暮らしを支えました。その後は、大きな回遊魚の群れは次第に減っていきましたが、大正時代中頃までは大漁(たいりょう)の時もありました。しかし、その後は大きな回遊魚の群れが岸に近づくことはほとんどなくなり、昭和30年(1955)を最後に、建切網漁が行われることはありませんでした。

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