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2016年3月9日更新

展示のご案内

沼津の歴史コーナー(3階)

戦国時代の沼津

戦国時代には北条早雲が興国寺城主となり伊豆へ侵攻し、その後は北条氏・今川氏・武田氏などが勢力争いを繰り広げました。


永禄12年(1569)後北条氏朱印状

近世の沼津

江戸時代、沼津宿・原宿は東海道の宿場町として栄えました。周辺の農村では盛んに新田開発が行われ、一本松・助兵衛・善太夫などの新田集落が生まれました。内浦・静浦地域では漁業が発達し、魚は江戸などへも運ばれました。
安永6年(1777)水野氏が沼津城を築き沼津藩が成立、明治維新まで五万石の大名として続きました。なお現在の沼津市域は、沼津藩領以外に、幕府領、旗本領、大名領(小田原藩・田中藩など)が入り組んでいました。


国輝画 末広五十三次 沼津
 
本陣宿札
 
沼津城絵図(写)

近現代の沼津

明治時代を迎え沼津も近代的な都市へと発展を始めます。明治26年、沼津御用邸が造営され、その後別荘地・保養地としても知られるようになりました。
大正時代に入ると全国一早い繭の初取引が行われるようになり、大規模な製糸工場も進出しました。大正12年(1923)には沼津市が誕生します。
昭和の戦時下には多くの軍需工場が置かれ、空襲の被害をうけました。そして戦後の復興から現在の発展へと続きます。


明治初期の卒業証書
 
地券
 
日露戦争出征兵士の軍服

江原素六コーナー(3階)

江原素六(1842〜1922)は、明治維新に際し江戸から沼津に移住した旧幕臣で、沼津兵学校の設立に尽くしました。その後、沼津中学校長、麻布中学校長、衆議院議員などとして中央・地方で活躍、キリスト者としても敬愛を受けました。


江原素六

沼津兵学校コーナー(4階)

明治維新後沼津は静岡藩領になり、同藩の陸軍士官養成学校として沼津兵学校が置かれました。藩主徳川家(旧将軍家)に従って多くの優秀な旧幕臣が沼津に移住し、兵学校の教授に就任しました。明治5年(1871)に廃止されるまで同校では英仏語・数学などの高度な教育が行われ、生徒の中からも日本の近代化に貢献した人材を多く輩出しました。


沼津兵学校の教授陣
 
一般教授の辞令
 
沼津兵学校の教科書

このページに関するお問い合わせ先

沼津市明治史料館

〒410-0051 沼津市西熊堂372-1
TEL:055-923-3335
FAX:055-925-3018
E-mail:cul-meiji@city.numazu.lg.jp

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