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2007年8月20日更新

鮎壺の滝(あゆつぼのたき)

鮎壺の滝

沼津市の北東部で大岡北小林と、長泉町下土狩の間を流れる黄瀬川中流にあり、黄瀬川最下流の滝で、狩野川との合流点から約4km上流に位置する。約1万年前に噴出した三島溶岩流と愛鷹ローム層の境界にできた滝で、幅約90m、高さ約10mの溶岩から流れ落ちており、通常は2ヵ所から流下している。滝壺の下流には径数mに及ぶ大きな溶岩の転石がみられ、これらは黄瀬川河床最大のものである。

三島溶岩は粘性の小さい玄武岩の溶岩で、黄瀬川の流路に沿って谷を埋めながら流下し、ここから南東方向に流路を変え、三島市の楽寿園付近を末端としている。鮎壺の滝から上流の黄瀬川の川床は溶岩だが、ここから下流は愛鷹ローム層や黄瀬川扇状地堆積物の浸食谷となっている。

滝壺では三島溶岩流の断面が観察でき、溶岩が4層に分かれていることがわかる。そして、溶岩流の下には愛鷹山の一部であると思われる黄褐色ローム層が観察でき、溶岩と接しているロームが溶岩の熱によって黒色から赤褐色に変色しているのを見ることができる。また、ローム層が滝の水によって流されたところでは、根株の樹型や倒木の樹型を含む複数の溶岩樹型を見ることができる。

この「鮎壺」という地名は、ここで鮎が止められ滝壺に群れていたことに由来するといわれている。滝壺が藍のように青いので、「藍壺の滝」、滝壺から富士山が見えるので「富士見の滝」とも呼ばれた。奇石、怪石が累々としてつらなり、清流が石をかみ、四条の滝となって落ちるさまは、遠く背景をなして聳える雄姿とともに一見すべき眺めである。

また、この滝には、これにまつわる伝承として次のような話が残されている。

その昔、黄(木)瀬川の里に小野政氏という長者がおった。子供がないため里の観世音に夫婦で祈願をしたところ、霊験あらたかに婦人は懐胎し、玉のような女児をもうけ、鶴や亀のような長寿をと願い、亀鶴と名付けた。生まれつき容姿明眸に恵まれたが、幼くして両親を失い、悲哀の情に堪えず、日夜観音菩薩にもうで読経や写経にひたすら父母の冥福を祈っていたが、18歳になるころ無常を感じて身を滝に投じた。

一説には、源頼朝が富士の巻狩の際、その美貌を聞き招こうとしたが、亀鶴は応ぜず身を滝に投じたとも、黄瀬川宿の遊女であった鶴亀が、曾我兄弟の仇討ちの場から逃れて滝に身を投じたともいわれている。

現在は沼津市・長泉町双方によって公園整備がなされ、両岸から滝の全景を眺めることができる。平成8年に県の天然記念物に指定された。なお、主たる管理者は、長泉町となっている。

この滝は「ぬまづの宝100」にも選ばれている。

鮎壺の滝

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