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2013年8月21日更新

帯笑園


現在整備中の帯笑園

 帯笑園は、原の素封家植松家が江戸時代後期から昭和初期まで代々伝えた庭園である。帯笑園という名前は、寛政3年(1791)海保青陵(儒学者 1755〜1817)によってつけられ、高島秋帆(高島流砲術の創始者 1798〜1866)筆の木額が残っている。

 帯笑園は、一般的な庭園とは違い、珍しい植物のコレクションを陳列し、当時には珍しい温室を備えるなどして、その時期に一番良い状態の植物を鑑賞できる植物園のような性格を持つ庭園だった。代々風流を好む植松家当主は、庭の中心に「望嶽亭」と名付けられた茶室を設け、そこから見える富士山と庭の眺めを楽しんだ。東海道に面した立地条件から、江戸時代には街道を行き交う大名から庶民までが、明治以降も政治家や軍人たちが数多くこの庭を訪れ賞賛している。中でも文政9年(1826)に訪れたシーボルト(ドイツ人医師 1796〜1866)は、『日本参府紀行』に「今迄日本にて見たるもののなかにて最も美しく、また鑑賞植物に最も豊かなるものなり」とその美しさを讃えている。また植物観賞もさることながら、江戸時代には江戸と大坂の文化交流の拠点としての役割を果たしていることが、保存されている文書、書画などから窺える。

 植物を主体とする文化財のため、当時の様子を示す構成要素はあまり残っていないが、園を訪れた人々の芳名帖、観覧のお礼に送られた書画、植物の管理・配置に関する文書等、数多くの資料が残り、原という一地方都市に日本中から訪問者の絶えない庭園があったことに、あらためて驚かされる。
平成24年9月、国の登録文化財になった。


明治期の東海道に面した門


帯笑園之図(江戸時代)

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