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明石海人(あかしかいじん)歌碑

2021年4月1日更新

明石海人歌碑

明石海人(本名 野田勝太郎)は明治34年(1901年)、現在の沼津市に生まれ、駿河湾と千本松原を遊び場に成長した。その後、現・片浜小学校から静岡県立沼津商業高校を経て、静岡大学に学び、卒業後教員となる。 しかし、当時業病と蔑まれたハンセン病を発病、妻子と別れ故郷を離れ、療養地を転々とした後、岡山県の小島に建設された国立療養所「長島愛生園」に隔離収容される。

長島での闘病生活では、ハンセン病の三大受難と言われる知覚麻痺、失明、気管狭窄に襲われながらも文学を志し、歌人としてたゆまぬ精進を続けていった。
昭和14年2月、死の瀬戸際に出版された歌集『白描』は、ベストセラーとなるが、同年6月9日、孤高の歌人はわずか37歳の生涯を閉じた。

この歌碑は、逆境を克服し、偉大なる文学を彫琢した郷土の詩人を畏敬し、病気に根ざす社会の偏見差別を是正するため明石海人生誕百年を記念して、平成13年7月5日に、母校である静岡県立沼津商業高等学校の校庭の歌碑とともに建立されたものである。

明石海人歌碑

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