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元野牧跡(もとのまきあと)

2017年10月12日更新

元野牧跡 地図

古代、駿河国には岡野馬牧という牧が置かれていたが、愛鷹山には古くから野生の馬が生息していた。江戸幕府は、享保期以降この愛鷹山の野馬に目をつけ、寛政8年(1796年)野馬掛・岩本石見守正倫は、神罰を恐れて反対する地元の主張を退け、牧の開設を断行、翌9年、元野・尾上・霞野の3牧が開設された。さらにその50年後の弘化3年(1846年)には、尾上牧の馬数増加に対応するため、尾上新牧が新設されている。

元野牧は、駿東郡柳沢村上に捕込がつくられ、東は小尾振沢(西川)で尾上牧と、西は大沢川で霞野牧と接していた。捕込の南方には、鳥谷村が結切(詰切とも)を担当したという土手が一部残るほか、捕込の北からは東に向かって延々と追込土手が続いて残っており、残存状況は4牧中最も良好である。捕込枠の形は、いつの時代かで改造されたらしく、最初の溜込・捕込・払込が横一列に並んだ形から、溜込・捕込が横に並び捕込の下に払込が付くという形に変わっている。

  • 元野牧跡 元野牧捕込の模型
  • 元野牧跡

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