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洋式帆船建造地跡(ようしきはんせんけんぞうちあと)

2017年10月12日更新

洋式帆船建造地跡 地図

安政元年(1854年)11月。下田港に碇泊中のロシア軍艦ディアナ号は、安政大地震津波のため艦艇を破損した。プチャーチン提督は、修繕場所に戸田港を選定し、ディアナ号を戸田港へ回航しようとしたが、強風のため駿州宮島沖まで流され、沈没してしまった。

すでに上陸していた乗組員は陸路を通って戸田村へやってきた。艦艇を失ったプチャーチンは帰国のため船の建造を幕府に申請し、スクーネル船一隻を約100日かかって戸田で新造して、安政2年(1855年)3月22日、戸田港を出港して帰国の途についた。

この船を「ヘダ号」と呼び、幕府は戸田で建造されたスクーネル船の優秀性を認め、同型船十隻の建造を命じ、うち六隻を戸田で建造した。
このことがあって、戸田村は西洋型造船技術を実地に知る貴重な土地となり、日本の造船業の発展に貢献することになる。

この建造跡地に大正12年(1923年)3月10日、村長高田四郎左衛門以下村会議員などにより、記念碑が建立された。
昭和56年10月に県指定史跡に指定されている。

洋式帆船建造地跡 記念碑

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