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桃里改称記念碑(ももざとかいしょうきねんひ)

2014年5月19日更新

浮島ヶ原を最も早く開墾したのは、遠州の浪人だった鈴木助兵衛である。同名の父、鈴木助兵衛良正が小笠郡堀田城にいた武士で、安倍郡の下足洗新田を開発した後、2代目助兵衛が天正2年(1574年)頃浮島ヶ原へ来てこの地を開き、助兵衛新田と称したという。
明治41年(1908年)に県知事に改称を申し出、当時この辺りでは桃をよく作っていたので桃里と改めた。この碑は、桃里改名の経緯を記し、助兵衛の功績をたたえている。愛鷹浅間神社の前に建てられている。

桃里改称記念碑の位置
  • 愛鷹浅間神社
  • 桃里改称記念碑

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