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六代松(ろくだいまつ)の碑

2007年8月20日更新

六代松の碑

東間門に近い千本松原の中に六代松の碑がある。19世紀初めまでは一株の大きな松があったと言い伝えられてきたが、現在はその痕跡は全く見られない。

六代は小松の三位中将平維盛の息子であり、祖父は重盛、曾祖父は清盛である。平家物語によると、六代は平家一門の滅亡に伴い、源頼朝の家来北条時政によって捕らえられ、鎌倉ヘ護送の途中、千本松原において処刑されようとした。 その際、文覚(もんがく)上人の命乞いによって赦免となったが、その後文覚上人の謀叛に連なり、処刑されたと伝えられている。

従者斉藤六範房は、六代の首を携え、ゆかりの深い千本松原にやって来て、その首を松の根元に埋め弔ったと伝えられている。この松を土地の人は「六代松」と称し、六代御前に関わりを持つ松として親しまれてきたが、松が枯死したので、天保12年(1841年)に沼津藩の典医であった駒留正隆の撰文により、枯れた松の傍らに記念碑が建てられた。

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