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2007年7月1日更新

観海学人(かんかいがくじん)文学碑

観海学人こと池谷(いけたに)観海は、文久3年(1863)田中藩士池谷歌治の長男として生まれ、名は盈進(えいしん)、通称鉱太郎、号を観海といい、18歳で小学校の教諭、明治35年(1902)40歳の時、沼津中学(現沼津東高校)に招かれて漢学を教え、在職20余年、昭和15年(1940)78歳で亡くなった。

観海は早くから中央詩壇に雄飛し、徳富蘇峰ら当代一流の人たちと交流があり、乗運寺の牧水の墓の隣には、蘇峰筆による『観海先生留魂碑』がある。

この碑は、亡くなった年(紀元2600年)に沼津中学同窓会有志によって建てられた。

観海学人文学碑

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